横浜に牧場?老舗の和菓子、新しいパン屋、子育てに寄りそうコミュニティカフェ。歴史を守りながらも進化を続ける戸塚を巡る
街中から一歩入ると横浜の原風景が残っている。戸塚区にある舞岡公園は横浜スタジアム11個分の敷地で、谷戸の自然が人の訪ないを待っている。
駐車場から段々を上がり、「ばらのまる橋」を渡った先は、雑木林が続く。「もみじ休憩所」の東屋には、憩う老夫婦の姿があった。しばらく歩くと視界が開けて、「ばらの丸の丘」の広場に到着する。冬の麗らかな日差しを受け、葉の落ちた枝を思い思いの方角に伸ばす木々が散在する。

細い坂道を降りていくと、紅葉の時期は散り残ったもみじの赤が目に鮮やかである。枯葉の積もった足元は、踏み出すとふかふかして心許ない。目の前に田んぼが広がっている。掘り返された土の黒に雑草の黄緑が映えて、眺めていると心が落ち着いてくる。田んぼにはナンバーが打ってある。1区画を市民が借りて、管理するのだという。実りの頃には区画ごとに様々な意匠のかかしが立つ。横には水路が走っているが、季節柄水は枯れている。谷戸に沿って並ぶ田んぼを突っ切った先には、茅葺の古民家が隠れている。庭先では脱穀など様々な作業をするらしい。

遠くをカメラと集音マイクを担いで歩く人がいる。バードウォッチャーなのだろう。こちらにはカワセミが飛来する。春はオタマジャクシ、夏はホタル。自然を堪能できるが、道もトイレも整備されているため、近くの幼稚園や保育園の園児もしょっちゅう訪れている。犬の散歩中のカップルとすれ違った。母子連れの、子どもが落ち葉を集めては散らしている。午後のひと時を、それぞれに楽しんでいる。
公園の後は牛に会いにいく。
「小野ファーム」の牛舎は、戸塚の街中にある。常務取締役の小野久美子さんによると、創業は1947年。現在の3代目社長の祖父が、牛1頭から始めたという。現在では和牛が400から450頭、乳牛が50頭前後となった。和牛は2年間の肥育を経てブランド認定の「横濱ビーフ」となる。乳牛からその日の朝に採れたミルクは近くの工場でジェラートになる。

ジェラートを手掛けたのは2000年から。販売店舗の中の厨房で製造していた。
「2018年にハサップに対応できる工場をオープンし、翌年にはハサップ認証を取得しています」
ハサップとはHACCP、国際的な衛生基準だ。より高度な規格であるFSSCも2021年に取得した。
「採れたての生乳を使ったジェラートは、やはり違いますか?」
「違いますね。コクがあるのにさっぱりしています」
小野ファームでは、一般的なフレーバーの他に「足柄緑茶」や「三浦のかぼちゃ」など神奈川ならではのものも揃っている。

乳牛の牛舎は近づくなり匂いでそれとわかる。病気をうつさないために牛たちとは距離を取らねばならない。離れていてもわかるのは、彼女らのつぶらな瞳だ。せっせと草のようなものを喰んでいる。

「配合飼料の他におからやビール粕を与えています」
ビール粕は横浜のビール工場で廃棄されたものを用いる。他に変わったところでは、生パスタのくず。
「うちのアイスクリームを卸しているレストランに、牛が食べないか聞かれたんです」
牛に与えてみたところ、喜んで食べた。こうして産業廃棄物がまたひとつ減った。
隣の牛舎には仔牛がいる。子鹿のバンビを一回り大きくしたような愛らしさで、頼りなげな風情が母性愛をくすぐる。街中で、こんな子たちに会えるとは、横浜はやはり広かった。
旧街道沿いの「とつか宿ほのぼの商和会」には和菓子の老舗がある。「吉田屋本店」は創業大正5年、というから100年を超えている。店には先代のお母さんが写る昭和5年の吉田屋の写真が飾ってある。割烹着姿の若い女性がお母さんのトセさん。
「104歳まで生きたんですよ」と3代目の吉田弘さん。
「うちはお袋でもってたんです」
有名な看板おばあちゃんだったという。店の奥に座って客を迎え、計算は暗算だった。90歳の頃、大腿骨を骨折するが、医者に「もう歳だから歩かなくていいよ」と言われ激怒。リハビリに励み、その後全快して「黒部ダムまで行った」という。自分で買い物をしては賄いのごはんを作ってくれていた。家族に喜ばれるのが喜びだった。

店の名物は「とつかとうふ」。
吉田さんはアイデアマンだ。「とつかとうふ」は豆腐ブームの時に発想を得た。カステラ生地に豆乳を混ぜたもので、ゆずあんとゴマあんを挟んである。

餡は自家製、保存料不使用。栗蒸し羊羹の栗は、缶詰を使用する店が多い中で、剥き栗を一から煮ている。そのぶん手間もかかるのではと、奥さんの洋子さんに話を向けた。昔は冠婚葬祭の注文が多く、小学校の卒業式に5千人分の紅白饅頭を用意したことがある。
「子どもを実家に預けて働きました」
ピークは昭和40年代後半。柏餅を1日1万個こなしたこともある。柏の葉は、乾燥したものを茹でて洗って1枚ずつ拭く。饅頭を蒸すせいろを背よりも高く積み上げて、出来たものから取っていくと、右腕がパンパンになる。右腕にばかり筋肉が付いて、医師に「何かやっていたんですか?」と聞かれたという。
100年の老舗は4代目が継ぐのだろうか。弘さんは大きく頷いた。伝統の味は守られる、ということだ。

働き者の和菓子屋さんの後は、働き者のパン屋さんだ。MOHEJI BREAD KITCHENは、英語表記だとオシャレだが、日本語にすると「もへじ」でユーモラス。ご主人の森拓也さんによると、あの「へのへのもへじ」から取ったという。「へのへの」は顔の目の部分にあたる。それが無い、ということは「目が無い」。パンに目が無い、とのココロだ。

店は後少しで3年になる。隣のカフェは1か月前にオープンした。拓也さんはパンの具材とカフェの料理を担当。奥さんの智砂さんは「パン一筋」だ。
店の奥から智砂さんが現れた。黒の帽子とエプロンが似合っている。手とエプロンは粉まみれである。
智砂さんは実家の近くにお気に入りのパン屋があった。パンや菓子を作るのが好きな母と、よく通った。自然とこの道に進んで、専門学校の後はさまざまなパン屋を巡った。あんパンなど「ソフト系」のパン屋の後は、バゲットなど「ハード系」の得意なシェフの下で働いた。シェフの水へのこだわりを受け継いで、ハード系の一部にはフランスのミネラルウォーターを使用している。

店は朝の6時半からやっている。智砂さんの実家近くのパン屋は6時開店だったため、朝早くに焼きたてのパンを食べられる嬉しさが身に染み付いている。そのためには3時から仕込みにかからねばならない。小2の女の子と5歳の男の子の母の朝は忙しい。
「だんなさんが全部やってくれるので、頼っています」

カフェに手を伸ばすかどうか迷ったが、小2の彼女が「大きくなったら隣でカフェをやりたい」と言ったのに背中を押された。出来立てのカフェにはキッズスペースがある。小さいお子さん連れのお母さんにも気軽に利用してほしい、と拓也さん。自らの子育て体験がうまくお店に反映されている。
界隈には昔ながらの人間関係が生きている。客が客を連れてくる、という良いサイクルがMOHEJIに熱気を呼んでいる。午後遅く、店の棚はほとんど空になっていた。

取材で取材の疲れを癒す。「こまちカフェ」でそんな稀有な体験をした。地域密着型コミュニティカフェは、NPO法人「こまちぷらす」が運営している。店長の荒井裕子さんとマネージャーの守家文子さんに話を伺った。

すべての活動は、代表の森祐美子さんが出産と子育てで感じた孤立感に遡る。その中で、森さんは子育て支援拠点を作るための会議に参加してみた。会議中は周りの人たちが子どもの面倒を見てくれた。頼っていいんだ、と初めて知った。会議に参加することで「役立ち感」もあった。同じ経験を同じ立場の人に、と立ち上がって週1回のカフェを始めたのが2012年。翌年にはNPO法人化し、常設店舗を開設した。

「ランチの時は『見守りさん』がいるんです」
子どもを預かるのではなく見守る、という新しいボランティアの形だ。お母さんがトイレに行く間、子どもを見る、といったさりげない助力をする。
「お母さんに温かいご飯を両手で食べてもらいたくて」
片手に子ども、片手に箸で、子ども優先に食べさせていると、自分の分は冷めてしまう。
「見守りさん」には退職後の男性も多くいる。仕事で自分の子どもは育てられなかった、という人が改めて他人の子どものお世話をする。学生ボランティアにとっては、今後に役立つ貴重な体験となる。さまざまな人が子育てに関わり関心を持つことを大事にしている。
お客で来たお母さんが、今度はカフェの手伝いをしてくれるようになる。週1回の人もいれば、2、3回の人もいる。それぞれの事情に合わせてワークシェアをする。
「卵、乳製品、小麦無しなので、アレルギーのあるお子さんも一緒に食べられます」
目の前にお茶とプレートが来た。こまち茶は38種類の茶葉をブレンドしたノンカフェインで、妊婦でも授乳中でも飲める。小松菜とバナナのケーキは米粉で出来ている。どちらも疲れた体に沁みていく優しい味だった。
まったりしたところで、壁沿いの棚に並ぶ雑貨に目が留まった。手作りの雑貨は、子育て中のお母さんを中心にその力が生きている。ボックスひとつ分のスペースで利用料は2か月6,600円、委託販売手数料は20%だ。
「これもそうなんですよ」
荒井さんと守家さんがピアスを指して見せた。守家さんのワンピースも手作りだった。

フェには別室のイベントスペースもある。日々、様々な会が継続的に開催される。例えば「ケアラーズカフェえんがわ」は、介護している人が対象だ。障害のある子どもの親や、不登校の子どもの親も、ここに来れば自分がひとりではないと、救われた気持ちになる。他にも編み物を楽しむ「あみカフェ」や、ベビーマッサージにベビーヨガの教室もある。
「こまちぷらす」が目指すのは、街全体で子育てをする文化。カフェだけでは実現できないと、商店街の事務局や企業を巻き込んで「ウェルカムベビープロジェクト」を立ち上げた。具体的には、戸塚で生まれた赤ちゃんのいる家庭に、プレゼントの箱を配る。箱の中身は、子育てを応援する商品や、サービスとの引換券。商品は複数の企業が持ち寄り、選考会を経て決定する。中身は毎年変わるが、共通して入っているのは、魔除けの「背守り」というワッペンだ。これも手作りで、手書きのメッセージも付いている。家族以外の人から出産を祝われるのは嬉しかった、という声が多い。


最後に見せてもらったのは、1枚の表彰状だった。内閣総理大臣名が高市早苗になっているから真新しい。「未来をつくる こどもまんなかアワード」の「未来へつなぐ『応援団』部門」、と舌を噛みそうだが、その部門で表彰されたのである。ひとりの母の孤立感が、たくさんの人を巻き込んで、ひとつの大きな渦を作った。渦の中のひとりに、私もなりたいと思った。お茶とケーキで癒されて、カフェの中は春。外の冬に負けない力をもらった。
【基本情報】
舞岡公園
住所:横浜市戸塚区舞岡町1764
URL:https://maioka-koyato.jp/
小野ファーム
住所:横浜市戸塚区上倉田町1408
URL:https://www.yokohama-onofarm.com/onofarm/
吉田屋本店
住所:横浜市戸塚区戸塚町3960
住所:横浜市戸塚区汲沢8-10-1
URL:https://www.instagram.com/moheji.bk/
こまちカフェ
住所:横浜市戸塚区戸塚町145-6 奈良ビル2F
URL:https://comachicafe.com/
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ライター:荻野アンナ
1956年横浜市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。83年より3年間、ソルボンヌ大学に留学、ラブレー研究で博士号取得。89年慶應義塾大学大学院博士課程修了。以後2022年まで同大で教鞭をとり、現在名誉教授。1991年「背負い水」で第105回芥川賞、2002年『ホラ吹きアンリの冒険』で第53回読売文学賞、08年『蟹と彼と私』で第19回伊藤整文学賞を受賞。そのほかの著書に『カシス川』『老婦人マリアンヌ鈴木の部屋』など。神奈川近代文学館館長。

